DO YOU SPEAK ATLAS?|第8話

5月である。日差しも強くなり、暖かな日々を満喫できる季節である。

由起夫君もAtlasマンツーマン英会話に入会して早2ヶ月を数えようとしていた。彼はこの季節が大好きである。なぜかと尋ねられるに、彼は単に暑いのと寒いのが苦手なのである。

彼はこの月の初めに、彼の会社が由起夫君の話を聞いて3人が法人向けのグループレッスンの契約をしたのである。なので彼にしてみれば一日2レッスンという試みになった。試みと呼ぶと大袈裟に聞こえるかもしれないが、先月は個人で2レッスンを受けたことを考えると、彼の心境は正しくそんなものであった。

ドアを開けると、さすが5月、入学シーズンというのもあり先月よりもたくさんの生徒が来ている。同じ会社の同僚とはいえ、その分、彼と同類の無言族も多く、今回、彼は実に安心することができた。しかし、講師と無言族だけになってしまっては、会話が成り立たない。そこには火星人の存在が必要なのであるが、今回は同僚の2人の火星人が来ていた。高橋さんと野村さんという人である。

講師はグレッグであった。高橋さんは意外にも英語が堪能でグレッグと何やら難しい話をしている。由起夫君には理解できないが、どうやら断片的な単語の意味はだけは、わかるようになってきた。

「彼は一体何を話していたんですかね」

この「彼(彼女)は何を話していたんですかね」は、由起夫君の、これから6ヵ月間の口癖になってしまった。情けない限りだが、わからないままにしておくよりは、やはり聞いてみた方が良いものらしい。知るは一時の恥、知らぬは一生の恥である。

「このジェノサイド、ホモサイドという単語の語源が、ぺスティサイドという単語にあるんじゃないかって話したんだ」高橋さんの言葉である。

ジェノサイドとは集団殺戮の意味で、ぺスティサイドとは殺虫剤のことである。また物騒な単語が並んだものであるが、彼らはイラク戦争について物議をかもしていたらしい。

その後レッスンが始まったのだが、由起夫君は、野村さんのことをよく知っていた。会社ではリーダー的な存在で早口で、何をしゃべっているのか、彼にはさっぱり分からないのであるが、彼女の話に対して異論を唱える人は、会社の中にも、この英会話スクールの中にも、講師の中にも一人もいなかった。

「千葉県の出身の人って、閉鎖的な人間が多いわよね」

休憩時間中に彼女は脇に座っている人に、日本語でこんな風に話していた。

僕も千葉県民なのに、なぜそんなこと言うのだろう

由起夫君はこのように考えた。実は彼女は由起夫君のことを嫌っていたのであるが、身に覚えのない彼は、単純に頭がよく美人な彼女に憧れたりしていた。由起夫君がそのことに気付いたのは、ずっとあとのことである。

レッスンが終わり、野村さんが、お気に入りの帽子を被ってレッスンブースを一番早く退出したあと、由起夫君がグレッグに、

「僕もあんな風になりたいな」

彼は素直に述べた。二ヵ国語を操る人間は火星人みたいだが、やはり格好良いのではないであろうか。しかし火星人たちは、二人共レッスンブースを退出していなくなってしまった。ここから先、彼は独力で講師たちと意思疎通しなければならない。

「みなさんは、なぜ日本に来たのですか?」

由起夫君は、なぜと問うのが癖である。あまり他人になぜと尋ねると失礼になるが、今の彼に言葉の角を取るような英語の表現を思いつくことは不可能であった。

「ステファニーは、イケメンを探しに来たんだってさ」これはオーストラリア人のリサの言葉。

「え~、違うわよ」

ステファニーは笑って彼女の冗談に応えている。由起夫君にも、このくらいの会話は理解することができた。彼は嬉しかった。

「あなたはなぜ英語を勉強しているの?」

ステファニーに聞かれ、彼は動揺したが、ここぞチャンスとばかり、彼は次の如く応えた。

「実は君と同じ理由なんです」

彼の冗談は通じて、彼は二人を笑わすことができた。彼は有頂天である。しかしここから先の会話は、彼にはさっぱり理解することができなかった。分かったような顔はしているが、彼の笑顔は段々ひきつってくる。お互いの笑いが徐々に不自然になってきたが、彼らは楽しい雰囲気を崩さないよう必死であった。

彼が落ち込み始めた頃、60分が過ぎレッスンが終わった。

「あれ、楽しい時間のたつのが早いわね」

ステファニーはそう言ってくれたが、彼は彼女の言葉を信じることができない。それが伝わったのか、彼女は突然、踵を返した。

「ありがとう」

彼は彼女に話しかけたが、彼女は応えずに去ってしまった。

これが由起夫君のマンツーマンレッスン10回目である。多少の進歩は見られるものの彼の前途多難は必定のようだ。


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