それまで再三にわたって「マイナス金利は導入しない」と明言してきた日銀が突然、一般銀行が日銀口座に預けている預金中で法定準備分をのぞいた金額(超過準備)には、金利を付与するのではなく保管料を取る、つまり、マイナス金利を付けると発表した1月29日から、3月21日まで50日以上隔てた時点でデータが集計され発表となりました。つまり、各国金融市場が日銀によるマイナス金利導入の影響をほぼ吸収しつくしたと思われるタイミングでの集計なのです。
1月28日以前の金利別国債残高について各国の国債流通残高中でもかなりウエイトの大きな日本国債10年物が少なくとも名目では確実にプラス金利に踏みとどまっていたし、実質でもコンマ以下のパーセンテージながらプラスだったはずなので、このグラフとはだいぶ様相が違っていたかもしれません。当事者にはまったくそんな意識はなかったのだろうが、日銀によるマイナス金利の導入は、世界の金融市場の構造を激変させてしまった可能性が高いようです。どういうことかを具体的に考えてみましょう。
現時点で主要先進国では、実質金利がマイナスか、プラスでも1%以内の国債の総額が全体の84%に達しています。こういう状態で、元本価値の保全に大きな不安がなく、償還期日が来れば確実に戻ってくると見こめる国債を運用して食べていくためには、いったいいくらぐらいの資産を持っている必要があるでしょうか。
なお、なぜ国債を持っていれば、金利は名目で入ってくるのに、名目ベースではなく実質ベースで考える必要があるのかも説明してみます。インフレが進行している時代では、毎年入ってくる金利収入のうち、インフレ率相当分は、実は金利収入ではなく、インフレによる元本価値の目減り分を先払いで取り崩しているだけなのです。だから、国債運用による金利収入は名目ベースではなく、実質ベースで考えなければいけません。
たとえば、日本で1世帯があまり貧しい思いをせずに暮らしていくには年間いくらぐらい必要でしょう。おそらく、ほとんどの人が少なくとも300万円(月額で25万円)程度は必要です。しかし、先進国の国債の実質金利水準は33%がプラスではあるが1%以内なのだから、そのうちでは最大の1%ちょうどでも3億円、0.5%なら6億円、0.2%なら15億円の元本が必要だということになります。
もちろん、51%に当たるマイナス金利の国債では、元本の目減りを防ぐことはできません。つまり、現代社会は、よっぽどの大富豪でもなければ、安全確実な運用で、元本の目減りは防ぎながら金利収入で食べていくというのは、はかない夢という世界になってしまったのです。
もちろん、日銀に「中間層と、富裕層との間の資産格差を一層広げてやろう」というような深慮遠謀があったとは思えません。しかし、実際には日銀によるマイナス金利導入は、世界をまさにそういう方向に押しやったようです。
サービス業の国民経済に占める比重が年々高まっている日本の経済は、製造業全盛期ほど大量の投資を必要としません。だから、どんどん拡大しつづけている資金は深刻な運用難に陥っています。一方で、先進諸国はとうに人口爆発期を過ぎ、今後の労働力人口はどんどん減少しています。希少性の高まったものの価格が上がり、希少性の低まったものの価格が下がるのは市場メカニズムのなせる業なのだから、今後資本利益の対GDP比率が下がり、賃金給与の対GDP比率が上がるのは、当然の成り行きなのです。
中間層にとっては、自分たちと富裕層との資産格差が広がるのは辛いことかもしれません。しかし、どうせ働く意欲と能力がある限り働きつづけなければならないと覚悟していた庶民は、資産の運用では食っていけなくなった中間層が自分たちの境遇まで降りてくるのを拒絶するほど、心が狭いわけではないでしょう。世の中が「富裕層+中間層」という構図から「富裕層対その他大勢」という構図に変わるのは、それほど悪いことではないかもしれません。
そんなデフレ時代の最中、大手英会話スクールのような一括ローン50万円、月額2万~5万円はするレッスン料金を支払えるのは富裕層しか存在しなくなるでしょう。大手スクールもレッスン料金を半額以下まで値下げしなければ運営できない時代がすでにやってきたことを今すぐにでも認識しなければならないのです。
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