先日、将棋の藤井聡太四段の活躍により、NHKの特番で人工知能(AI)の最新事例について放送されました。例えば、タクシー運転手がどの時間帯にどこを走ればお客を効果的に見つけられるのか、というものですが、人工知能が予測してお客を見つけることが可能になったことで、ベテランドライバーではなく初心者でもこなせるようになり、そのタクシー会社の売り上げが20%以上も上がったというわけです。
他にも、将棋の佐藤名人に電脳戦で勝利したPonanzaという人工知能については、愛知学院大学特任准教授、東京大学先端研客員研究員の山本一成さんが開発されました。山本さんは、東京大学在籍時に大学将棋界の強豪として知られる将棋部に在籍し、アマチュア五段の棋力を持つ強豪でした。しかし、山本さんは、なぜPonanzaが勝利したのか、またなぜさらに強くなっているのか理由が確かではないと述べているのです。
現在、日本でも人工知能の開発は飛躍的に進んでいますが、実は多くの科学者やエンジニアたちは今、少し困った状況になっているようです。それは、人工知能の性能を上げるほど、なぜ性能が上がったのかを説明ができなくなっていることです。人工知能という現代科学の最前線で、なぜそんなことが起きているのでしょうか?
Ponanzaは当然、山本さんが開発したプログラムなので、細部まで考えて作られています。しかも将棋プログラムという狭い領域のことなら、山本さんは世界でもトップレベルにいるのでよく理解しているはずです。それでも、Ponanzaはすでに理論や理屈だけではわからない部分があるというのです。
現在のPonanzaの作業では、改良が成功しないことは日常茶飯事で、たまたま上手くいった改良をかき集めている、というのが実情だといいます。たまたま上手くいった改良を集める結果から見るとPonanzaはますます不思議な存在として見えてくるのでしょう。
たとえばあなたが時計というものを完全に理解しなければならないとしたら、まずすべての部品を分解して、歯車やゼンマイのしくみを知り、それぞれの動作を把握するはずです。
そして今度はそれらの部品を再度組み立てます。そうした作業をへて、時計という機構は理解できるようになるのです。熟練の時計職人であれば、時計がどのようなしくみで動き、どうすれば性能を上げることができるのかを明確に説明することもできるはずです。
しかし、知能を理解するには、この還元主義的な思考法では不可能だと言われています。なぜPonanzaがプロよりも将棋が強いのかについて100%説明することはできないようです。結局、知能というのは隠された方程式があり、それを解き明かすのではなく、よく分からないものであることを受け入れるしかないというのが、それが今の人工知能の研究者やエンジニアたちの実感ということなのです。
私もPythonというソフトを使い、ディープラーニングによる人工知能プログラムを少しかじってみて分かったのですが、人工知能とは人間の脳の仕組みをただ模倣しています。仕組み自体は非常に単純なのですが、人間は答えにたどり着けるように神経のつながりを強くしたり細くしたりして調整しているというわけです。
人工知能も人間と同様、有用な情報を繋げる回路を太くし、重要ではない情報を繋げる回路は細くする性質があります。だから一つ一つの回路を見ても、なぜその値になるのかが分からなくなるのです。これは全体を見ないと意味が分からないというわけです。
回路の一つ一つは単なるプログラムなのに、全体を見るとそこに概念とか思考とかそういうハッキリしないものが生まれてきます。回路の繋がりの数が増えれば増えるほど、つまりディープになればなるほど、もはや人間には説明できなくなるわけです。とても面白いお話でした。
|