「好きなことを仕事にできるほど甘くない」と、言う人間がいます。日本人の多くが若い頃から45年以上も働いているのにもかかわらず、好きではないことを仕事にするのですから矛盾していると思いますが、なぜ日本人は好きなことは仕事にできない、という前提を持っているのでしょうか。
このコラムを読む読者の多くはサラリーマンですから、「好きなことを仕事にできるほど甘くない」といったことを言われる方がちらほらいます。今ではそのような考え方に対して、むしろ好きではない仕事をして45年以上生活するという考え方が理解できませんでした。しかし、日本の現状を考えると、好きなことを仕事にできないのも分かるような気がするのです。
日本人の多くは、会社に勤めています。特に大企業であれば転勤やら部署移動があり、日本の会社員は就職ではなく就社前提で、会社は選べても職種を選べないというわけです。商品開発をしたくて入社しても、営業や広報、経理や人事に配属されることもあります。それだと、好きなことを仕事にするというのは不可能です。
しかし、配属がわからないまま入社したのは自分ですから、「好きなことを仕事にできるほど甘くない」のではなくて、「好きなことを仕事にできない前提で就職した」のだから文句は言えないはずです。ただ、職種を選べないのは純粋に不幸だと思います。
その会社で働けるならなんでもいい、というのなら良いのですが、そのような日本人は今となっては少数派ですし、会社としては適性判断の結果ということで考えていますが、仕事をする側からすると、職種を選べないのは不幸の何ものでもありません。
それが良い悪いという話ではないのですが、日本という環境では特化型の人材が生まれることは稀です。学校教育の授業も常に受け身で、周りの人と違うと攻撃され、得意より苦手がないオールラウンダーが重宝される風潮があります。
自分で仕事を作り出してビジネスをするのではなく、会社内のどの部署でもある程度使える人材にならなければならない、という考え方なのです。そうなると、自分が苦手な分野でもある程度できるようになる必要があり、逆に何かを極める必要はなくなります。
トップレベルではないが、ある程度無難にこなすことができる、という考えなら、好きなことを極めてビジネスにする、という発想自体を理解できるはずがありません。不思議なことに日本では、仕事をすることが苦痛と思っている人が大勢います。大学生は口を働くことを嫌がり、社会人も月曜日が嫌いです。
特に、日本の大学生というのは不思議で学校で学ぶという時間が終わったから働く、という単なるライフステージの変化でしかないようです。いすれにしても、日本人にとって仕事自体にマイナスイメージを持っているようです。
自分が希望していなかった部署に配属されて、自分が希望していなかった仕事をさせられるのが当然なのだから、苦痛に決まっています。しかし、勤労というライフステージは、学校教育や老後と比べると長すぎるように思います。それなのに仕事を苦痛に感じるということは、人生を苦痛に感じるのと同じ話になります。
日本では好きなことを仕事にするのが難しいけれど、好きなことだから仕事にする、ということ自体が当然のことなはずです。一方、欧米諸国では、特定の分野に特化した人材が特定の分野の仕事しかしないので、好きではないことが仕事、という状況はありません。これは欧米というよりも日本以外ではそうなのではないかと思います。
「好きなことを仕事にできるほど甘くない」と、言う人は、好きではないことを仕事としてやっていることが異常、ということに気づくべきです。それをあと何十年やるつもりなのでしょうか?私なら虚無感とストレスで発狂するでしょう。さらに、自分が嫌いなことを仕事にしてるからと、好きなことを仕事にしている人を攻撃するのはやめましょう。
好きなことを仕事にできないことが当然、と思っている人は、仕事は自分で選ぶものではないと考えているようです。仕事は上司からもらうものであって、自分の裁量権がないからこそのあきらめというわけです。そういう受動的な人生というのは今後できなくなるのは誰の目にも明らかです。
無気力になって思考停止になり、不満がたまり過ぎてネット上で他人を叩いたり、文句を言うだけで何もしない、というのは今後は負の人生になるためのサインでしかありません。好きなことを仕事にしていれば、基本姿勢が積極的になるので、受動的な人生よりは先が明るくなります。
要するに、好きなことを仕事にできないことは異常であり、好きなことややりたいことを仕事にするのが当然だということです。好きではないことを仕事にするのが当然、という考えは異常です。なぜなら、好きなことを仕事にしている人を叩くのは筋違いだからです。
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