2009年に初当選。その後、2011年に長男を出産した山尾志桜里氏は、「働くママ」として知られていました。現在の議員会館に移動した際には、保育園が併設されている衆議院第二議員会館を希望し、「いざという時に階段を使ってでも駆け付けられるように」と、入居の議員事務所は最低層の2階を希望しました。バリバリと仕事をこなす一方で、育児にも手を抜かない、そういうイメージがありました。
つまり、東大法学部を卒業して、高級官僚になってトップになっても事務次官が限界と言われています。同じように、司法試験合格後、検察に入ってもその先はどん詰まりで、一般公務員には限界があります。しかし、政治家となって与党議員になると大臣の席が見えてきます。それは、一生かかっても到達できない事務次官の席を通りすぎ、一気に若くして事務次官の親方になれるわけです。
若くても大臣になれば、一般公務員時代に雲の上の存在だった事務次官の大先生を顎でこき使うことができるようになります。これが一般公務員が政治家を目指す動機だということが分かってきました。
一方、元政策秘書への暴行・暴言問題で自民党を離党した豊田真由子氏が、地元の埼玉県新座市で支援者らへの説明会と記者会見を相次いで開き、来月に行われるとされる衆院選に出馬する意向を明らかにしました。ただ、説明会には離党した自民党所属の地元市議などの姿は見られず、豊田氏にとっては厳しい選挙戦となりそうです。
政治家にならずに官僚のまま仕事をしていれば、ふんぞり返っていられたはずなのですが、なぜ彼女も政治の世界に入ったのでしょうか。年上の部下も当たり前にいて、顎でこき使うことなど日常茶飯事のはずです。しかも、豊田氏は東京大学法学部卒でハーバード大学も卒業しています。つまり、東大法卒+ハーバード大卒+高級官僚出身+与党衆議院議員=葵の御紋の印籠ということで、世の中に怖いものなどなかったはずです。
さて、新党日本ファーストの党首指名を巡り混乱しています。党首すら決まらず流れが止まりつつあります。全く違う仕組みがそこでは必要です。それを誰が、何時構築するのか、少なくとも問題提起はされています。結局、全ての枠組みが変わることになれば、その時に政治も変わらないわけがありません。
そもそも政治などというものが存続するのか、それとも存続しないのか、いずれにしてもポピュリズム(大衆民主主義)の終わりを迎えているのは明らかです。結局、ポピュリズムだけで問題は解決することが出来ないことが分かりました。そうである時、ポピュリズムは放棄され、与野党共にダイバシティー(多様性)の議論の下、女性議員を増やしました。
女性性善説というわけですが、期待された山尾志桜里議員、豊田真由子議員共に結果として同じだったわけです。結局、国民の信託を受けた代議士とは思えないほど良い人材ではありませんでした。その延長線上に現在の政党政治は存在しています。
このような東大→官僚→政治家ルートのエリート達を見て日本の若者は、職業を一発勝負と考えてはいけないことが分かったはずです。野球選手になってポルシェに乗るだとか、起業家になって億万長者になるなどと考えてはいけないわけです。
人生は手堅くコツコツと歩むべきで、彼女らのように失敗すれば自分も辛いですが、家族がいればもっと辛く感じるこのです。このような人達ががどん底に落ちてゆくのを私は何度も見ていますが、若者は、もっとまじめにコツコツと人生を歩んだ方が良いのではないでしょうか?
もっとも日本の大学などに行っている暇があるのなら、中学を卒業して民間で自由に働いた方がよっぽど有益のように思います。高校まで卒業できれば公務員になるのが一番良いのは誰の目にも明らかです。
現在、50歳代では5割近くが国民年金未納となっており、この先、無年金や低年金のまま退職することになると予測されています。そしてこのままでは10年後には職なし・貯蓄なし・年金なしという三重苦の高齢者が大量発生することになります。
老後の準備については初めから分かっていたはずです。だから私は、公務員になるべきだと言いたいのです。日本の公務員の老後は安心です。民間企業と比較して遥かに高額な退職金や高額な手厚い年金を国や自治体からもらうことができます。加えて、年金支給日までは確実に雇用が継続されます。だから、なぜ民間企業などに勤める必要があるのでしょうか?
ましてや起業家やプロスポーツ選手などに未来などないわけです。日本に住み続ける限り、最も幸せな人生を送れるのが公務員です。しかし、私が言いたいことはもう一つあります。それは、公務員生活を1年も送ればすぐにでも何もできない人材になることだけは確かだと言うことです。
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