数年前、脳科学の研究で明らかになってきた言語習得についての話題が、世界的なビジネス雑誌を賑わせていたことがありました。例えば、「生後1年ぐらいまでに音声に慣れさせておかないと、第二言語をネイティブのように話したり聞いたりすることはできない」とか、「胎児の時から言葉の習得は始まっている」などです。
こうした記事は、脳の研究から判明したことだけが話題になっていて、成長していく上での社会的要因や置かれた家庭環境、本人の意欲といった複雑に絡み合った要因は、何も考慮されていないわけです。
脳科学で言えることだけで、言語習得の全てが説明できるわけがないのですが、ところがこうした研究結果のセンセーショナルな部分だけを利用して、若いお母さんたちに忍び寄ってくる英語教育産業がたくさんあります。
実は先日、海外の某教育出版社が主催する児童英語のイベント会場へ行きました。これまでは児童英語の先生が主な参加者でしたが、今年はかなり様子が違っていたようです。なんだか一般のお母さんが多く、赤ちゃんをおんぶして参加している人もいました。
その講師に一人が友人でもあるアメリカ人だったので、イベントの後で一緒に食事をすることになりました。 もう一人、日本人のお母さんもついてきたのです。
私: 「今日はどういう目的でイベントに参加されたんですか?」
参加されたお母さん: 「娘が英語を勉強していて、とてもいい教材があるって聞いたんですよ。」
私:「小さいうちから英語ですか?」
参加されたお母さん: 「ええ。家の中では英語をメインにしているんです。アメリカから先生を呼んで、その人に教えてもらってます。」
私: 「アメリカから家庭教師を連れてきているんですか。すごいですね!」
参加されたお母さん: 「娘の英語のためにお金がかかって。だから子どもは一人だけにすると決めたんです。」
私:「???」
英語教育だけのために二人目の子どもを諦めるというそんな人まで出てきているとは、しばし言葉を失うほどに衝撃でした。そもそもこのお母さんは、どうしてこんな凝り固まった考え方をするようになってしまったのでしょうか。
このお母さんの例は特別だとしても、同じように早期英語教育の罠に捕まってしまうケースは、ますます多くなっているように感じます。特に、小学校で英語が教科になるということで、それまでは読み書き算数は心配しても、英語は先でいいと考えていたお母さんまでもが、将来的にはほぼ何の役にも立たない早期英語や社会的価値はゼロの英検を受けさせるために低学年の子どもを大手英会話教室に通わせる、そんな流れになってしまっているのです。
小学校高学年ぐらいまでの子どもたちにとって、親の影響は大きいものです。親が期待していることを敏感に感じ取り、親の期待に答えようと、英語が好き、英検を受けたい、そう答えるお子さんも多いでしょう。ただし子どもが親の思い通りになるのはせいぜい反抗期までです。その後も英語への興味を持ち続けるという保証はありません。
中学生、高校生になったときに、もう英語はやりたくない、英語は嫌い、そういうお子さんが増えていることは、文科省のアンケート調査からもわかります。こうした弊害を放置したまま導入される小学校英語教育はどこへ向かおうとしているのでしょうか。笑いが止まらないのは一部の専門家と業者だけのようです。 日本では、英語は外国語です。日常的に使う機会のある言語ではないのです。
ですから、国際語、つまりリンガ・フランカとしての英語を勉強するのは、中学になってからの3年間で十分なのです。中学で基礎を学んだら、あとは個々人が目的に合わせて楽しみ・使っていけば、それで事足りることです。
幼児期や小学生の時期にやるべきこと、それは母語である日本語をゆるぎないものにすることです。
子ども向け英会話教室の中には、今でもフォニックスだけを売りに授業をやっているところも多いようです。
フォニックスというのは、文字と発音の間の規則性のことですが、これはもともと、ネイティブの子どもに読み方指導をするための方法の一つです。ネイティブの子どもたちは、すでに音が入っていますから、ルールを学べば、手っ取り早く文字が読めるようになる、そういう考えで編み出されたものです。
すべてのネイティブがこの方法を用いて文字が読めるようになったわけではないですし、フォニックスに反対する立場の指導者も多くあります。ところが日本では、まだそれほど知られた指導方法ではないそうで、フォニックスをやりますと言っただけで、すばらしい教育が受けられると期待する親も多いと聞きます。
しかしフォニックスは生徒のためというよりも、先生やビジネスにとってお手軽だから使われている指導方法でしかありません。というのは、発音のルールはたくさんありますから、ワンレッスンで一つのルールを学ぶようにしていれば、それだけで2,3年は持たせることのできるレッスンプランが超簡単に作れてしまうのです。
さらに、フォニックスを指導する際の音声ですが、現段階でスタンダードと考えられている音でやってもらえればいいですが、もしかしたら外見だけで教師を雇っているのか地方出身の先生の中には、特定の地域社会だけで使われる強い癖のまま音声指導する人もありました。
スタンダードでないことを自覚している先生もいて、私がいろんな英語の音声を聞くようにしているとわかると、「自分の発音は大丈夫かな?」と聞いてくる先生もいるほどです。保護者のみなさん、大手の子ども英会話教室にかけるお金があるのなら、大学受験や留学のための費用として貯蓄したほうがよっぽどいいと思いますよ。
それでもどうしても早期英語教育がしたいということであれば、まずはご自身が英語を使い、学んで、英語力をアップさせていきましょう。そうすれば、外野の声に惑わされることなく、どの段階で何が必要で何は後からでいいのか、わかってくることがたくさんあるのです。 |