国境を越えて移動する人が増えたといっても、日本にいながら外国語を日常的に使う言語として学ぶ機会は限られてしまいます。そのせいもあってか、日本の英語教育専門家や先生方は、どうすれば効率的に習得できるか、ということばかりに関心が集中するようです。
しかし人間はロボットではありません。W5H1さえわかれば機械的に言葉を学び使えるようになる、そんなわけはないのです。言葉の習得に必要なものは、突き詰めてしまえば、だた一つ。それは、強い動機、それだけです。
W5H1というものは、是非とも英語が使えるようになりたい、そういう強い願望があれば、あとから自然とついてきます。指導者のほうから、個々の学習者にとって最適化かどうかもわからないような を与えなくても、W5H1をどうしても使えるようになりたいのであれば、自らその人にとって続けやすかったり、意味があったりするW5H1を探し編み出していけるのです。
そうした強い動機なしでは、早晩行き詰ってしまうことは、海外の日本語学習者を観察しているとよくわかります。私の友人に対照的な二人の日本語学習者がいるのですが、その様子をご紹介しましょう。一人は、大学の授業から日本語の学習を始めた人です。文法をしっかり学び、一般には正統な学び方だと考えられているやり方でがっつり日本語を勉強した人です。
オーストラリアのとある街、大学で日本語を学ぶようになった学生がいました。とても頭のいい学生だったので、枕にできそうな分厚い教材本を使って、文法を学ぶことも苦になりませんでした。2年も経つと、新聞のような難しい日本語で書かれた文章が読めるようになり、 文法的に正しい文章を書くこともできるようになりました。
日本語検定も受けていました。ネットの言語学習者コミュニティーでは、日本人の知り合いもできました。ある時、学生の元へ日本人の友人から数冊の日本語の本が送られてきました。それは大人用の本ではなくて児童書や絵本でした。
それを見た学生は、どうして子ども向けの本なんか送ってきてくれたのかな、簡単すぎるのにと思いました。 ところが、ページをめくっていくと今まで読んだ日本語の文章とは違って、よくわからない日本語がたくさん出てきます。
それは擬態語、擬音語と呼ばれるもので、英語には少ない表現方法です。幼児向けの絵本の中には、こうした教材では見たことのない言い回しがたくさん出てきます。真面目な学生は、幼児が楽しむ絵本の内容がわからないはずはないと、さらに一生懸命勉強しました。
ところが、いくら勉強して擬態語を理解しようとしても、どうにもわからないのです。しまいには、キラキラ、ウロウロといった表現を見るだけで、頭が痛くなってしまいました。「日本語はなんて難しいのだろう」そう感じた学生は、次第に日本語学習への意欲を失ってしまったのでした。
この学生は、日本人である私でも書けない、使ったこともないような熟語を知っていたりします。文章を書けば、大人な教養を感じさせる文を書きます。けれど、日本語の絵本を読むことはとても難しいと言います。
擬音語・擬態語はもうギブアップだとか、楽しんで日本語と戯れるということが、どうもできないようです。そんな感じなので、毎日の生活が忙しくなると、いつのまにか日本語からは離れがちになっています。せっかくしっかり勉強して、短期間でそれなりのレベルに達しても、そこからさらに先へとなった時に、足踏みしてしまっているようです。
一方、海外の日本語学習者の中には、やりたいことに必要なことが日本語だったことから日本語学習を始める人も多くいます。若い人ではマンガやアニメ、コスプレといったところから、日本語に夢中になる人も増えています。
私の友人の一人は、大好きな声優さんがいて、そこから日本語に興味を持つようになったそうです。声優さんの声の虜になり、毎日のように声優さんのCDやラジオ番組を聞くようになったそうです。次第に話の内容をはっきりとわかるようになりたいと思い、大学の講座で日本語の文法も少し勉強したとか。
そんな彼女の日本語力はというと念願の日本旅行に行くことでかなり伸びたのです。若いカナダ人は、長年の夢だった日本に来ることができて、うれしくてたまりません さっそくホテルについてカウンターで手続きをしようとしていると、趣味仲間の日本人がやって来ました。 「えーっと、何か手伝いますか?説明わかりますか?」
若いカナダ人「いえ、大丈夫ですよ。」
フロント「部屋の鍵はこれになります。お風呂はこちらで、お風呂の時間は、部屋へはエレベーターで、お風呂にはこれを持って行ってもらって、食事ですがその時は部屋の鍵を…」
趣味仲間の日本人「なんだか、一度にたくさんの説明があったけど、わかりましたか?」
若いカナダ人「はい、わかりましたよ。部屋の鍵はカードですね。お風呂は別のカードがありますね。お風呂は11時まで入れますね。部屋はあのエレベーターを使います。お風呂に行く時、カードが必要ですね。食事は7時からです。部屋のカードがいります。あとは」
趣味仲間の日本人「すごい。私よりよくわかってるね!」
このホテルには海外からの旅行客が少ないのでしょうか。カウンターでの説明は要領を得ないもので、日本人の私が横で聞いていても、わからなくなってしまうようなお粗末なものでした。ところが友人は一つも間違えることなく、その内容を把握していたのです。その驚異的な聞き取り能力を可能にしたのは、声優さんの話がよくわかるようになりたい!という熱意でした。
そこには強い動機があるわけです。日本語の話が楽にわかるようになってきた今では、声優さんに日本語で書いたクリスマスカードを送ったり、SNSで日本語のメッセージを送ったりもしています。こうやって好きなことに英語を使う中で、自然と日本語力もアップさせているわけです。使えば学べるの典型的な例です。
勉強として日本語の勉強を始めるのではなく、最初から目的をもって、その目的を達成することを一番に考えながら、ターゲットの言葉を楽しみ、使う。そこに自然な学びを実感するから、さらにやる気が出てくる。強い動機があれば、そこからスタートすれば、外国語は必ず自分のものにできるのです。
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