ある一人の作家であり哲学者である人物が、一風変わった小説を書き著しました。その本は、1957年に出版されたアイン・ランド氏による、あの「肩をすくめるアトラス」(Atlas Shrugged)です。
この本の著者、アイン・ランド(Ayn Rand)は、1905年帝政ロシアの裕福な家庭に生まれました。1925年、彼女は、ビザを取得してアメリカ人の親類を尋ねたのですが、そのままロシアには二度と戻りませんでした。
ロシアでは、1917年にロシア革命が起こり、残虐非道な帝政時代に終わりを告げました。アイン・ランドのような特権階級の世界も終わり、ランドは、さぞ悔しがったことでしょう。
「肩をすくめるアトラス」は、もしビジネスエリート(現在のグローバルエリート)がストライキを続ければ、世界に何が起きるだろう、という問いかけをするものかもしれません。とにかく、彼女の結論は、「世界は崩壊するだろう」というものでした。
ランドは、この本の中で世界には「寄生体」、「略奪者」、および「たかり屋」がいっぱいると主張しています。この考え方は、あまりにも不愉快なので、現代精神史でもっとも不吉な人物というレッテルを貼られてしまいました。しかし、この評価はまさに適切なものでしょう。
ランドは、底の浅い、気ままな自由競争の擁護者だったのかもしれません。「市場は絶対的なものだ」というのが、ランドの決まり文句でした。ランドの世界観が、どんなところで私たちをとらえているのか、それはまさに今、私たちが耐え忍んでいる財政危機かもしれません。
この30年間、世界秩序は、自由市場、自由競争という名の下に、好き勝手やってきました。なんら規制もなく、歯止めもかけられなかったのです。私たちは、今、調整の効かない市場の中に置かれています。それは、「何百万人もの人々の仕事や生活」という犠牲を払うことを余儀なくされている災厄に私たち自身を導いたことです。
私たちは、それこそ、寄生虫、たかり屋、略奪者たちの犠牲になっているのでしょうか。犠牲者、つまり納税者のことでしょうか。
真実は、言うまでもないことですが、ランドの主張したことと正反対です。自由と幸福の代理人であるはずの世界秩序は、実は、世界を崩壊に導く恐ろしい代理人だったということなのでしょう。
世間一般の人々は、わずかな虚栄心を満足させるために、世界秩序の連中の恐ろしく巨大な潜在力を無視してきたのです。知っていながら、世界秩序のおこぼれに預かって、見て見ぬふりをしてしまっていたのです。
「肩をすくめるアトラス」では、このように最後を結んでいます。
「道は掃き清められた。さあ、我々の世界に戻り、仕事に就くとしようか」とゴールとは言った。「彼は荒涼とした大地の上に立って手を高く挙げ、空にドルのサイン($)をなぞったのである」。
これは歴史上、今まで書かれた本のうちで、dollarという言葉で終わる唯一の本です。この本は、ただ地球の富を神聖化しているに過ぎません。ランドは、無神論者を自称し、富を地球の神と崇めていたのです。
私たちは、こうした人たちに世界に戻ってほしいとは思っていません。世界は、彼らなしのほうが、もっとうまくやっていけるのです。貪欲さが、隅っこに弾き飛ばされてはじめて、人々の本当の能力が発揮される社会が勃興するのです。
最後に、有名だからといって、エコノミストやジャーナリストのことは真に受けないようにしましょう。彼らは、往往にして間違っていることが多いからです。相手の権威や、肩書き、財力を観ているうちは、騙され続けるのでしょう。それが人間のもっとも弱いところだからです。相手の本質を観る、なかなかできないことですが。私たちの周りには、そういう力のある人たちが増えてきました。
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