今、中東ではシリアにある米軍基地が撤退した後、トルコがクルド人地域に侵攻し、さらにロシア軍が介入するという非常に複雑で分かりにくい状況にあります。
民間人の犠牲者が相当数出ているものの、現在のところトルコ軍は本格的な作戦は展開していないようです。シリア政府軍とロシア軍との衝突を回避しつつ、クルド人部隊の攻撃能力を探りながら、小さな戦闘がシリア北東部各地で続いています。
トランプ政権やドイツやフランスをはじめとしたNATO(北大西洋条約機構)加盟国は、トルコのエルドアン政権を激しく非難し、即時の撤退を強く迫っていますが、エルドアン大統領が応じる気配はないようです。
反対に、エルドアン大統領は、アメリカの経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルに「世界はトルコを支援すべき」というタイトルで投稿し、撤退どころか目的を達成するまで軍をクルド人地域に侵攻させる意志を明確にしています。
【寄稿】世界はトルコを支援せよ=エルドアン大統領 シリア内戦に伴う人道的危機の痛みをトルコほど強く感じてきた国はない
エルドアン政権が、欧米諸国の撤退要求を受け入れないのにはそれなりの理由がありますが、主な理由が投稿記事に書かれています。
シリア内戦が激化した2011年以降、これまで隣国のトルコは最も多くのシリア難民を受け入れてきました。その総数は350万人以上にも及び、シリア難民には医療や物資の支援が与えられ、トルコに定住できる環境が整えられました。
そのような方針もあり、この8年間でトルコに流入するシリア難民の数は激増しました。その一部は、トルコを経由してヨーロッパに移動しようとしたのを、私たち日本人もテレビや新聞など知っています。
しかし、2015年にエルドアン政権とEU(欧州連合)間で合意が成立し、トルコ西部にあるヨーロッパ側の国境を封鎖してシリア難民のヨーロッパへの流入を阻止するかわりに、トルコはEUから巨額の財政支援金を得たわけです。
これによって、多くのシリア難民はトルコ国内に留まることになりました。ところが、トルコ経済の悪化からシリア難民に対して比較的に寛容なこうした方針が維持できなくなったため、クルド人地域へトルコ軍が侵攻したということです。
トルコは、350万人のシリア難民を抱えることがもはや困難となり、彼らをシリアに送り返すことが必要となりました。これが、エルドアン大統領がウォール・ストリート・ジャーナルへ投稿記事を出した理由と言えます。
いずれにしても、完全には国内情勢が安定していないシリアに350万人ものシリア難民を帰国させることはできるはずもなく、帰国を促してもこれに応じる者はいないのが現状です。
そこで、エルドアン政権は帰国する難民のための受け皿となる地域をトルコ国境に近いクルド人地域に安全地帯を作り、ここにシリア難民を強制的に定住させる計画を発表しました。安全地帯は南北100キロ、東西30キロの地帯で、クルド人地域の半分程度の面積があります。
トルコ、シリアで「安全地帯」設置の軍事作戦へ 米は支援・関与せず
この安全地帯の確保を目標に、クルド人の排除を狙ったのが今回のトルコ軍侵攻の目的であって、あくまで支配地域の拡大ではなく、トルコ国内に差し迫った動機であると考えられます。つまり、トルコ軍を撤退させる、という欧米諸国の要求をエルドアン政権が?むことはまず考えられないわけです。
ウォール・ストリート・ジューナルの寄稿記事では、エルドアン大統領は「欧米諸国がトルコ軍の撤退に圧力をかけるのなら、トルコ西部のヨーロッパ側の国境を開いてシリア難民をヨーロッパに送り込むぞ」と脅しています。
今後、トランプ政権が、トルコに対してどれほど厳しい経済制裁を課そうが、エルドアン大統領が軍を撤退させるとは考えにくいと思われます。
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